日本で初めての「ゲームをプレイする事を職業にする」プロ・ゲーマーが誕生したのは2005年1月10日で、PSYMIN(才民)という企業がカウンターストライクを主な活動ゲームとしているチーム、「4dimensioN」をサポートすると発表した。
しかしその実情はチームメンバーの一人が経営する会社によるスポンサードであり、実際に企業がゲーマーに商品価値を見出してスポンサーになったとは考えにくい(ただし、その後の2005年9月18日に、アメリカのPC用周辺機器メーカーRAZER社が同チームとのスポンサー契約を発表している。こちらは企業がゲーマーに商品価値を見出した例と言える)。また、同チームは2006年5月11日にスポンサーだったPSYMINが撤退する形で現在は活動を停止中である。
前述したように「企業がゲーマーに純粋な意味で価値を見出した」と言う意味では、事実上日本で最初のプロゲーマーは2005年1月27日に株式会社アスクとの契約が正式発表された「SIGUMA」氏(こちらはチームではなく個人である)と言える(ASKニュースリリース)。SIGUMA氏はそれより以前、2004年ごろにパソコン版HALOの日本大会とアジア地区大会優勝、全国大会5位など好成績を出しており、マイクロソフト主催として同ソフトウェアのマッキントッシュ版の広報などにも度々顔を出していた。ASKと契約後、現在ではHALOシリーズに限らず、様々なタイトルで活躍中である。
4dimensioN、SIGUMA氏が次々とプロ宣言を出していたまさに同時期、2005年4月18日に「AggressiveGene」(AXG-GAMING)というチームも大阪にあるネットカフェを拠点とし、8月1日にSoftTradingがスポンサーとなって「カウンターストライク」のチームでは2つ目のプロチームとなった。
日本人の中でも、自費で2007年度のWSVGへ参戦したNaonobu "uNleashed^" Taharaや、プロになるためにスウェーデンの国民学校に留学をしたJunya "Noppo" Taniguti(NoppoがプレーしているCounter Strike 1.6は、スウェーデンが最もレベルが高いと言われている)など、少数ではあるがスポンサーに頼らず、自力で海外へ旅立ち、プロゲーマーとしての活動を行う人たちも出てきている。
4dNメンバーであったToshikazu "ENZA" Senzakiはゲームをcounter-strike 1.6からWarcraft3へと移し活躍。個人的にオファーを受けApocやEsMといったプロクランに加入や、メモリーメーカーであるGeIL社とスポンサー契約を結ぶなど、腕を評価されてのプロゲーマーとなる人物も増え始めている。
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